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Chinto物語 その15 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.15)
孝君が生まれた昭和33年頃の星が丘は、環境は抜群に良い所でした。東山から星が丘までは,まず空気が一味違うという感じで、おいしいと思いました。ただ、交通が不便で、東山から先は専ら歩きでした、丁度その頃、高木さん(旧姓熊崎)が南山の女子部の生徒でした。そのお兄さんの熊崎さんが自動車学校の先生をしていらっしゃるというので、その学校に入ろうかと思っていたら、個人的に教えて貰えることになって(お兄さんも男子部のO,B)都合の良い時間に運転を習い、試験だけを受けに行って合格。昭和35年1月13日運転免許証を獲得する事ができました。当時は、まだ車を運転する人は少なく、車も余り走っていない時代の話です。でも免許証をとると次に欲しくなる物は当然、車。何処からか車が降って来ました。トヨペットスーパーというお尻の大きい自動車でした。勿論、中古車でしたが嬉しい悲鳴を挙げて喜びました。丸一はトラックだけど、車は専門ですからねえ。小林のおじいちゃんの一声、「先生のとこへ、これもって走れ!」というわけで最初の車は我が家に到着。


■★まっと★のコメント
人間、望めば叶うことってあるんですね。当時、中古車であろうが、車を手に入れることはかなり大変だったのではないでしょうか?でも、小林のおじいちゃんは太っ腹ですね。もう、小さいころから車がある生活でした。しかし、父・徹の車に乗せてもらえるのは日曜日だけでしたね。週日はほとんど、子供たちが寝てからしかご帰還なさらなかったように記憶していますが・・・・・。


■姉・敦子のコメント
ヒヤチント物語も益々懐かしいお話になってきました。私達には、忘れていた懐かしいお話でも健さん(義兄・健二)には驚きの話もあるようです。丸一から我家の始めての車が降って来た話とか・・・・・、へぇ~と言いながらも、なるほどと納得してるような・・・・・。我家もお世話になっているので、納得できるのでしょう!!!!

nice!(8)  コメント(5) 
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コメント 5

ちゃーちゃん

太っ腹の小林さんのおじいちゃんがいて車のある生活が簡単に出来て幸せでしたね。
おぼっちゃまは日曜日にはドライブでしたか??
近所の子供達は羨ましかったでしょうね・・・
by ちゃーちゃん (2009-04-06 15:06) 

KOZOU

ほんとに昔は自家用車など夢の夢でしたね。
免許所持者も少なく。
お父さん、かなりラッキーですね(*^_^*)
by KOZOU (2009-04-06 15:47) 

★まっと★

ちゃーちゃん(●⌒∇⌒●)
そうですね。かなり小さい頃から自動車がある生活をしていました。
でも、父が毎日乗っているだけで、週末だけですよ・・・
.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))ニコッ♪

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
そうなんですよ・・・ラッキーでしたよね。
.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))ニコッ♪
今ではだれでも免許を持っていますが、当時はなかなか・・だったのでしょうね。
by ★まっと★ (2009-04-06 17:24) 

gyaro

免許は、バイトしながら1年がかりで
取得いたしましたもので、かなり苦労した
記憶がございます。。。
羨ましい限りでございます^;
by gyaro (2009-04-17 15:08) 

★まっと★

gyaroさん(●⌒∇⌒●)
免許・・・自分が試験場の近くに住んでいたこと、
そして姉がさっさと免許を取ったこと・・・
必死で自分も免許を取りましたよ。

by ★まっと★ (2009-04-18 08:46) 

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